「記録すれば伸びる」という思い込み
前回の記事では、合格を実現するうえで復習と分散学習が欠かせないことを確認しました。そして私は、自分の得意を活かしながら(=他の受験生との差別化を図りながら)、これらを効果的に回していくには「管理システム」が必要だ、という結論にたどり着きました。これが「なぜ管理するのか」(Why)にあたる部分です。
もしまだ読んでいない方がいましたら、ぜひそちらを先にお読みください!
慢心からの不合格。思ってたのと違う!では、次に問題になるのは何でしょうか。それは、その管理システムで 「何を」管理するのか(What) 、です。
みなさんは「データを記録しさえすれば学習は改善される」と考えていないでしょうか。実は、これは大きな誤解です。何を測るかを間違えてしまうと、どれだけ緻密に記録を積み上げても、合格には一歩も近づきません。
たとえば、勉強時間だけを記録し、勉強時間にこだわり続けても、それがそのまま合格に直結するとは限りません。集中力を欠いたまま机に向かっている時間も、深い理解をともなう濃密な時間も、同じ「1時間」として、同じ「成果」として処理されてしまうからです。だから私は、学習の成果を「時間」という尺度だけで評価する風潮には、正直なところ懐疑的なのです。もちろん、統一的でわかりやすい指標である点は、十分に理解しているつもりですが。
模試の総合順位も同じです。順位だけを追いかけていても、どの論点が弱点なのか、どこをどう改善すべきなのかは、1ミリも見えてきません。
これはビジネスの世界でも同じようです。経営学の父ピーター・ドラッカーは 「測定できないものは改善できない」 と述べました。ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツらは 「間違ったものを測定すると、間違った方向に進む」と警告しています。つまり、ただ測ればいいわけではなく、「正しい指標を正しく測る」ことが決定的に重要なのです。
では、学習システムを設計するうえで、どんなKPI(=指標)を設定すれば、合格という目的に最短距離で近づけるのでしょうか。そして、そのKPIを選ぶ基準は、いったい何なのでしょうか。
今回は、前回の続編として 「何を管理するのか」(What) を掘り下げます。すなわち、学習システム全体の設計に欠かせないKPIの設定についてお話しします。なぜそのKPIにたどり着いたのか、背景や判断の基準もあわせて、できるだけ丁寧にご説明します。
なお、次回以降の記事では 「どのように管理するのか」(How)、つまりシステムの具体的な中身についてお話しする予定です。
どのようにしてKPIを決めたの?
この章では、私が実際にKPIを設定する際に使用した考え方、そして設定した指標についてお話しします。
KPI設定でもっとも重要なのは、目的との整合性と、データの取得可能性、この2つのバランスである ── 私はそう考えています。
この2つを同時に満たすKPIだけが、学習を正しい方向へ導く「羅針盤」になると確信しました。そして、この基準にもとづいて、私は次のKPI(インプット軸とアウトプット軸の計2つ)を設定しました。
インプット軸
- 勉強時間の配分
- 科目ごとの時間
- 論点ごとの時間
- インプットとアウトプットの時間
- 重要度毎の時間
アウトプット軸
- 各種演習問題における、平均点からの乖離
ここから先は、この結論にたどり着いた理由を、2つの軸の説明→各KPIの選定理由の流れでお話ししていきます。
KPIは「目的適合性」と「取得可能性」の2つで決まる
軸① 目的適合性 ──「合格」に直結しない指標は、記録しても無意味
まずは、目的適合性についてです。これは、設定するKPIが学習の最終目的と密接に結びついていなければならない、という考え方です。
みなさんは、目的とは直接関係のないデータを一生懸命に記録した経験はないでしょうか。たとえば「とりあえず勉強時間を記録しておけば、努力の証になるだろう」と考えて、毎日ひたすら時間を書き留めていく、といったケースです。
しかし、目的(=Whyの部分)とつながっていなければ、どれだけ緻密に管理しても意味がありません。だからこそ、KPIは次の目標に直接つながるものでなければなりませんでした。
私の場合は以下のような塩梅ですね。
最大の目的
- 公認会計士試験に合格すること
それをブレイクダウンした具体的な目的(私のケース)
- 効果的な復習システムを実現すること
- 科学的根拠にもとづく分散学習システムを実現すること
軸② 取得可能性 ──「測れないデータ」は、そもそもKPIになるはずがない
次に、取得可能性についてです。こちらの理由は、いたってシンプルです。そもそも取得できないデータは、どれほど有用であっても、KPIとして設定しようがないから です。
イメージしやすいように、具体例を挙げてみます。
取得が難しい「理想的データ」の例①:各論点の理解度
たしかに、自分がどの論点をどの程度わかっているかを正確につかめれば、インプット段階の学習効率は大きく高まるでしょう。合格に直結するであろう「理解度」を、ダイレクトに測る指標になりうるからです。
しかし、各論点の理解度は定性的で、しかも抽象的な概念です。そのため、客観的に数値化することがきわめて難しく、信用に足るデータとして取得するのは、ほぼ不可能だと言わざるを得ません。
取得が難しい「理想的データ」の例②:他の受験生との詳細な比較
公認会計士試験は相対試験です。だからこそ、他の受験生との比較は決定的に重要になります。理想を言えば、答練や模試において、全受講生の各問題・各論点の得点状況や、全体の得点分布まで把握し、自分の立ち位置を正確に知りたいところです。これらの情報は合否に直結するため、有用性は疑いようがありません。
ところが、こうした詳細なデータは予備校から公開されていません。つまり、どう頑張っても取得は不可能なのです。
このように、いくら理想的でも取得できないデータは、現実のKPIとしては機能しません。所詮は「絵に描いた餅」で終わってしまうのです。
以上から、私は目的適合性と取得可能性の2点を総合的に勘案したうえで、以下のKPIを設定するに至ったわけです。
インプット軸:「勉強時間の配分」を測る
先にも触れたとおり、私はインプット軸のKPIとして「勉強時間の配分」を設定しました。純粋な勉強時間ではなく、特定の切り口で区分した勉強の時間配分(比率) である、というのがミソです。
具体的には、次の4つの切り口で配分を管理することにしました。
- 科目別の配分
- 論点別の配分
- インプットとアウトプットの配分
- 重要度別の配分
以下では、なぜこの設計にしたのか、その背景と中身を順に記していきます。
なぜ目的に適うのか
理由①:足切りという「強制不合格」を避ける
公認会計士試験には、足切り基準が存在します(2025年時点)。具体的には、次のとおりです。
- 短答式試験:各科目で、満点の40%以上の得点が必要
- 論文式試験:各科目で、得点比率(偏差値)40以上が必要
つまり、1科目でも40%未満の得点率、あるいは40未満の偏差値を取ってしまうと、総合得点や総合偏差値がどれだけ高くても、不合格となる可能性がある のです。
ここで、みなさんに思い出してほしいことがあります。みなさんは、無意識に得意科目ばかりを勉強してしまった経験はないでしょうか。人間は心理的に、どうしても得意な科目や好きな論点に時間を使いがちです。しかし、先ほど述べたとおり、この試験ではその偏りが致命傷になりかねません。
だからこそ、この「強制不合格」を回避するには、極端な科目偏重・論点偏重を避ける必要があります。時間配分を管理することで、このリスクを効果的にコントロールできるのです。
理由②:コストパフォーマンスの良い配分を実現する
時間配分を意識すると、もう一つ大きな利点が生まれます。合格に対してコストパフォーマンスの良い学習配分を実現できるという点です。
たとえば、監査論をどれだけ勉強したところで、得られる点数の上限は100点です。しかも偏差値には、高得点層になるほど伸びが鈍る「逓減効果」があります。
この特性を踏まえると、会計士試験では 「全ての科目でほどほどに得点し、全体点数で勝負する」 ことが定石になります。
これは経済学でいうパレートの法則(全体の成果の80%は、努力の20%から生まれる)とも整合的です。特定の科目を100点に磨き上げるよりも、各科目・各論点をまんべんなく80点レベルへ引き上げるほうが、はるかにコストパフォーマンスに優れているわけです。
なぜ取得できるのか
「時間そのもの」は、簡単に測れる
学習時間そのものの記録は、比較的かんたんです。開始時刻と終了時刻を控え、その差分を計算すればよいだけだからです。いまでは、アプリを使えば手軽に管理できます。
「配分」を測れるのは、システムがあるからこそ
一方で、その学習時間に各種データ(科目・重要度・論点・学習内容など)を紐づける作業は、一般にかなり骨が折れます。単元を一つ終えるたびに、細かな情報を記録し、データベースへ蓄積しなければならないからです。20〜30分区切りの学習内容を、いちいちこの粒度で記録するのは、想像以上に大変な労力です。
しかし、学習システムを前提にすれば、この問題は解決できます。システム上で学習記録を管理し、スプレッドシート等のデータベースに格納することで、詳細な配分分析が可能になるからです。これまで管理を続けてきた私の経験からすれば、ここはまったく問題になりませんでした。むしろこの部分こそ、私の競争優位性によって取得できたデータだといえます。このデータを取得し続けたからこそ、一貫して戦略的に時間を配分できたと言っても、全く過言ではないでしょう。
実際の管理項目
以上を背景として、私は具体的に次のような区分で管理していました。
科目別の配分
- 財務会計論(会計学_午後)
- 管理会計論(会計学_午前)
- 企業法
- 監査論
- 租税法
- 統計学
論点別の配分(各科目をさらに細分化し、論点ごとに多段階で管理)
- 財務会計論(会計学_午後)
- 連結以外の計算
- 連結以外の理論
- 連結の計算
- 連結の理論
- 管理会計論(会計学_午前)
- 原価計算の計算
- 原価計算の理論
- 管理会計の計算
- 管理会計の理論
- 企業法
- 機関(会社の内部機関)
- 機関以外
- 監査論
- 全体理論
- 実施論
- 報告論
- その他_実施論
- その他
- 租税法
- 法人税の計算
- 所得税の計算
- 消費税の計算
- 法人税の理論
- 所得税の理論
- 消費税の理論
- 統計学
- 記述統計
- 確率論
- 推測統計
- 回帰分析
計算と理論の配分(租税法・財務会計論・管理会計論に限定して管理)
- 計算
- 理論
重要度別の配分
- 重要度関数を自作し、各論点に1〜4の連続値で重要度を算出(詳細は後日説明予定)
- そのうえで、「1点台・2点台・3点台・4点台」の4区分で管理
アウトプット軸:「平均点からの乖離」を測る
続いて、アウトプット軸のKPIです。私は 「各種演習問題における、平均点からの乖離」 を設定しました。ここからは、その背景を説明していきます。
なぜ目的に適うのか
相対試験で問われるのは「絶対点」ではない
論文式試験の合否は、原則として総合偏差値52を超えるかどうかで決まります(2025年現在)。
一方、短答式試験の合格基準は、原則として「総点数の70%」とされています。ただし、実際には相対評価として機能しているのが実態です。合格ラインは試験の難易度や受験者のレベルに応じて毎回変動しており(たとえば60%台で合格の回もあれば、70%超が必要な回もあります)、実質的には「上位から合格が決まっていく」試験だといえます。
ここで重要なのは、どちらの試験でも、獲得した絶対点数そのものは合否と直接の関係を持たないという点です。
むしろ徹底的に重要なのは、「他の受験生が取れる問題を、自分も安定して取れるか」です。徹頭徹尾相対評価であることを忘れてはいけません。
これを統計学的に言い換えると、会計士試験の試験勉強とは、n=1の試行(=本試験ただ一度)で相対的に周囲の受験生を上回る確率を、いかに高めるかというゲームにほかなりません。逆に、そのボーダーを超えてさえいれば、何点上振れたか、は一切関係ありません。しかし、ボーダーを1点でも下回ったらアウトです。
このように、上振れと下振れには非対称性があると私は考えています。「安定してボーダーを超えるための学習」が、決定的に重要になるのです。
この観点から、私は常にボーダーを意識し、「ボーダーから何パーセントのバッファを安定的に確保できているか」を重視しました。
なお、後ほど詳しく述べますが、こうした理由から、判定(A判定・B判定など)や各科目の順位は、KPIには据えませんでした。あくまで参考程度にとどめています。
なぜ取得できるのか
確実に手に入るのは「平均点」だけ
予備校の答練や模試のデータで確実に取得できるのは、平均点(=偏差値50のライン)です(少なくとも私が受験生だった当時は)。
たしかに目的適合性の観点からすれば、理想的には偏差値52のラインを基準にしたいところです。しかし、私が利用していた予備校の演習では、このボーダー情報が各科目の大問単位でしか提供されませんでした。要はざっくりした偏差値52の情報しかもらえなかったわけです。
これでは使いものになりません。たとえば 「企業法の第1問について、自分は偏差値52ラインから1ポイントだけ上振れしていた」とわかったところで、その後の分析にはほとんど役立たないのです。単なる自己満足で終わってしまいます。粒度が、あまりにも粗いからです。
そもそも、なぜ1ポイント上回ったのでしょうか。規範定立が良かったのか、当てはめが優秀だったのか。あるいは、両方が不十分だったものの、前提となる条文指摘や結論を完璧に合わせたために相対的に評価されたのか。それとも「裁量点」というブラックボックスが、たまたま噛み合っただけなのか。これらの情報が削ぎ落とされた「大問別・偏差値52のライン」だけを眺めても、その違いを見分けることはできません。
平均点なら、弱点を細かく分解できる
その点、平均点であれば、各問題の構成要素ごとに精緻に把握できます。平均点については詳細に予備校が公表してくれるからです。
たとえば企業法なら、問題提起・規範定立・当てはめ・結論のそれぞれについて、平均点が示されます。さらに逆算すれば、裁量点の平均についても、おおよその当たりをつけられます。結果として、自分がどこでつまずいているのかを、細かく把握できるのです。
偏差値50と52の「8%のズレ」をどう考えたか
ここで鋭い方は、「偏差値52は上位およそ42%、偏差値50は上位50%に相当する。上位50%の位置をベンチマークにしていると、足元をすくわれるのではないか?」と疑問を感じたことでしょう。
私も当時そのような疑問を持っていました。しかし私は次のような状況証拠から、この差はある程度許容できると判断し、「平均点からの乖離」をKPIに据えることにしました。
- 予備校の答練や模試を受ける層は、本試験の受験生よりもレベルが高い傾向にある(ここは、予備校の情報を信頼することにしました)
つまり、母集団のレベルがそもそも高いぶん、平均点(偏差値50ライン)を基準にしても、本試験の偏差値52ラインにある程度近づける、と踏んだわけです。
あえて採用しなかったKPIたち
ここからは、世間で「重要だ」と信じられているKPIについて、なぜ私がそれらを採用しなかったのかをお話しします。
これは、単なる好みの問題ではありません。「合格」という目的関数に対して、本当に寄与する変数は何か。それを考え抜いた末の判断です。
①「学習時間の多寡」はKPIになりうるか?
根強い「時間信仰」
合格体験記や予備校の記事では、努力の指標として、必ずといっていいほど学習時間が語られます。 「合格まで3,000時間は必要」 や、 「私は1日12時間勉強したから合格できた」 などなど。SNSでも、勉強時間を競い合う「時間信仰」とでも呼ぶべき文化が、根強く存在します。
実を言うと、私自身もかつては「時間」という尺度に強くこだわっていました。大学受験のときも、そして1回目の公認会計士試験のときも、「半年で合格」「1年で合格」というように、期間(=時間)を物差しにして試験勉強をとらえる節があったのです。ですから、時間を絶対的な指標にしたくなる気持ちは、痛いほどよくわかります。
因果関係の罠
ところで、みなさんは統計学でいう「相関関係」と「因果関係」の違いをご存じでしょうか。
たしかに、合格者と勉強時間のあいだには「相関」があるかもしれません。しかし、そこに「因果」があるとは限らないのです。統計的因果推論の観点でいえば、ここには、「理解度」や「戦略の質」といった交絡因子が潜んでいる可能性が高いといえます。
仮に「勉強時間を増やした → 理解が深まった → 合格した」という因果が真実だとしましょう。だとすれば、追いかけるべきKPIは「勉強時間」ではありません。因果のより近くにある「理解度」、あるいはそれを反映する「平均点からの乖離」であるべきなのです。
もし「時間」そのものをKPIにしてしまうと、次のような「見せかけの学習」に陥る危険があります。
- 集中力を欠いたまま、ただ机に座っているだけの時間まで、指標としてカウントされてしまう
- 脳への負荷が少ない(=学習効果の低い)単純作業に時間を費やし、満足感だけを得てしまう
これでは、本質的な実力向上(=合格確率の上昇)にはつながらない。私はそう判断しました。だからこそ、睡眠・運動・食事といった「脳のパフォーマンスを最大化する習慣」を犠牲にしてまで、机に向かう時間を最大化することはしませんでした。
②「模試の判定・順位」はKPIになりうるか?
分かりやすい「判定」と「順位」の魅力
「D判定から逆転合格!」「全国1位を取りました!」── こうした煽り文句も、よく見かけます。順位や判定はわかりやすい指標であり、モチベーションの源泉になりやすい。それは事実です。
こちらも例に漏れず、過去に私はとても重視していました。中学や高校のときには、学年1位や県内1位を取り続けることに躍起になっていました。そして、そういう自分にアイデンティティすら覚えていました。いま思えば、他人との比較でしか自己を肯定できない、かなり危うい状態だったのです。
ラベルに丸められて消える情報
しかし、データ分析の視点から見ると、話は変わってきます。連続的な得点分布を「A/B/C/D」という離散的なカテゴリに落とし込んで満足してしまうことは、貴重な情報を自ら手放すのと同じだからです。
たとえば、B判定の最下位とC判定のトップを考えてみてください。実力差は誤差レベルです。点数も1点差くらいでしょう。それなのに、判定というラベルが付いた瞬間、前者は「安全だ」と慢心し、後者は「危険だ」と焦ります。確率的なゆらぎを含む試験において、この誤差レベルの違いに一喜一憂するのは、合理的とはいえません。
試験は「0か100か」の世界
そして何より重要なのは、本試験が「合格か不合格か」という、0か100かの世界だという事実です。
1位で合格しようが、最下位で合格しようが、得られる資格(公認会計士)は同じです。しかし、最下位合格と最上位不合格のあいだには、天と地ほどの差があります。
個人的な話になりますが、私の友人が京都大学に「最下位合格」したという出来事が、この考えを決定的に強くしました。もしマークシートが1箇所でも違っていたら、彼の人生は、良くも悪くも変わっていたでしょう。
このボーダーライン(=分水嶺)の恐ろしさと重みを骨身に染みて知っていたからこそ、私は「上位を目指す」ことよりも、「何があってもボーダーを割らない(=平均点からの乖離をプラスに保つ)」ことに全精力を注ぎました。
かっこいい上位合格よりも、泥臭くても確実な合格。これが私の戦略の要諦でした。
実際、私の本試験の成績は、決して華々しい上位合格ではありませんでした。それでも、当初の戦略どおり、合格ラインに対して十分なバッファ(=余裕)を保ったまま、合格を勝ち取ることができたのです。
あえて上位合格を狙わず、過剰な学習コストをかけなかったこと。これは結果として、非常に良かったと考えています。浮いたリソースを、長期インターンシップやシステム開発といった別の活動にあてられたからです。
難関資格の勉強と並行して、こうした実社会での経験を積めたのは、「上位合格」という目標を捨て、「コストパフォーマンスの良い合格」に徹したからにほかなりません。結果論であることは重々承知しています。しかし自分の人生をトータルで見たとき、試験勉強だけにすべてを捧げるよりも、はるかに実りをもたらしてくれたと感じています。
5. おわりに - 次は「どう管理するのか」へ
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
今回は「何を管理するのか(KPI)」という、設計思想の部分をお話ししました。測るべきは時間でも順位でもなく、目的に直結し、かつ確実に手に入る指標である ── このことが、少しでも伝わっていれば嬉しく思います。
そして次回は、いよいよ「どのように管理するのか」(How)、つまりシステムの実装の中身へと踏み込んでいきます。設計図を手にした今、あとはそれを「実際に回るシステム」へと落とし込むだけです。どうぞ楽しみにしていてください。



